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インタビュー

4世代にわたる歴史、MIYAGEN Trail Engineeringの宮﨑正紀氏

初めてMIYAGEN Trail Engineeringに出会ったのは、2022年、ファウンダーの宮﨑正紀氏が当時開発中のバックパックCREST40を携えて、パシフィック・クレスト・トレイルをスルーハイクしているときでした。実践のフィールドでテストを繰り返しながら、理想のバックパックを追い求める姿が印象に残りました。創業90年の宮源酒店の四代目であり、日本のアウトドア会社の元エンジニアである宮﨑正紀さんに、伝統と革新をシームレスに融合させ、世界中の使い手の冒険のパートナーとなるアウトドアギアを開発する背景について伺いました。

正紀さん、はじめまして。まずはご自身のこと、MIYAGEN Trail Engineeringのこと、そしてこの会社がどのようにして始まったのかを教えてください。

ありがとうございます。宮﨑正紀です。家業である酒屋「宮源酒店」の4代目店主であり、ハイキングや登山用品を企画・開発する「MIYAGEN Trail Engineering」のファウンダーでもあります。私がこの分野に進んだのは、思い返せば、小学生の頃に好きだった2つのことが影響しています。当時はロボットコンテストに出場し、ボーイスカウトを通じて自然について学ぶことに夢中になっていました。これらの経験が、大学で材料力学と構造力学を学ぶきっかけとなりました。卒業後は、日本のアウトドアブランドでエンジニアとして、商品開発に7年間携わりました。

その後、私の人生に決定的な瞬間が訪れました。仕事を辞めて家業を継ぎ、長年の夢であったアメリカの3大ロングトレイルの一つ、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩くことを決意したのです。このスルーハイクは、プライベートだけではなく、仕事においても大きな変化をもたらしてくれました。スルーハイク中に最初のプロトタイプのバックパックであるCREST40をテストし、その過程で多くのことを学びました。アウトドアギアを通じて、使い手の冒険のパートナーになれるように自分自身の経験をベースに商品を開発していこうと強く感じたのです。今でもこの考えがMIYAGEN Trail Engineeringのものづくりの基盤となっています。

90年続く家業を引き継ぐのは、決して簡単な決断ではなかったと思います。家業を引き継ぐ際に先代の方々とどのような会話をし、どのような想いを持って始められましたか。

宮源酒店の歴史は、曽祖父の宮﨑源重郎がリアカーに商品を詰め、旅をしながら商いを始めたことから始まりました。現在の愛知県岡崎市に店を構え、1店舗目は戦争による空襲で燃えて無くなりました。その後、今の街に拠点を移し宮源酒店を続けています。

2代目店主の祖父、晏一は店を泥棒から守るために店に寝泊まりするほど、商売にとても熱心な人でした。当時、酒屋は単なる酒屋ではなく、今で言うコンビニエンスストアのようなもので様々なものを売っていました。しかし、現在は大手商社のコンビニの利便性に個人店は対抗できず、役割を終えた町の酒屋は姿を消しています。生物が新しい環境に合わせて進化するように、生き残るために「酒に特化した専門店になる」か、「別の業種に転換する」という選択が求められています。街の酒屋さんも、時代の変化に合わせて新しい姿へと変わっていこうとしています。

3代目店主である父は、いつも私に家業を継ぐ必要はないと言っていたため、私は大学へ進学しエンジニアとしてメーカーに就職をしました。それでも、いつかはPCTをスルーハイクしてみたい、そして宮源酒店の伝統を引き継ぎたいという夢を持ち続けていました。

転機は祖父が高齢のため体調を崩し、父が店を畳むと決めた時でした。COVID-19が猛威をふるい、世界を混乱させている真っ只中のことでした。長年のPCTのロングトレイルの夢、そして90年以上も続く宮源酒店を続けたいという夢、自分の生活を一新したいという想いが重なり、長年勤めた会社を退職し、新しい形で人々に役立つ事業を起こそうと決心しました。

正紀さんの曽祖父と曽祖母

正紀さんの父

ブランド名をMIYAGEN Trail Engineeringに決めた時の心境や、PCTを歩き終えた今、このブランド名について感じることを教えてください。

MIYAGEN Trail Engineeringの「MIYAGEN」は酒屋の名前を引き継ぎ、「Trail Engineering」は、トレイルをより遠くまで歩くために必要軽くて耐久性の高いギアを開発していこうという想いを持って名付けました。

道具を軽量化するほどに、本来は耐久性を維持することが難しくなります。エンジニアリング、そしてアウトドアフィールドでの実証と経験によって最適なバランスは追求できるものだと信じています。「より強く」「より軽い」道具をエンジニアリングによって作る。「Trail Engineering」にはそんな想いを込めました。

興味深いことに、英語では「登山道を設計する」という意味としても受け取れます。PCTを歩き終えた後、アメリカと日本の登山道には大きな設計思想の違いがあることに気がつきました。アメリカでは、登山道は「自然をよく理解するための道」であり、老若男女が楽しめるものになっています。一方で、日本では登山道は山岳信仰に根ざした伝統である「修験道」の影響を受けており、険しいルートが多く存在します。

MIYAGEN Trail Engineering のクリエイターとして、また一人の人間として、今のあなたを形作った原体験はなんですか。

原体験としては「旅」があります。私は子供の頃、自転車が好きで、どこへ行くにも自転車を使っていました。山の廃道を勝手に整備してマウンテンバイクのコースにしたり、自転車でどこまで行けるか中学生ながら何百キロもペダルを踏んだことを覚えています。自然の中で出会う動物や風景に魅了され、どこへ行くにも図鑑を持ち歩いているような少年でした。

今もなお持ち続けている好奇心や忍耐力はこれらの経験が形作ったものだと思っています。挑戦し、アイデアを試し、改良する。そのプロセスは、エンジニアやクリエイターとして私が今行っていることと似ています。この考えは私のものづくりの礎になっています。

エンジニアとしてのキャリアが今の自分のものづくりにどんな影響を与えていますか。

シンプルさと効率性のバランスを意識することを学びました。大学では材料力学や構造力学、加工技術を学び、あるプロジェクトでは、限られた予算の中でカメラだけを使用した3Dスキャナーを設計しました。カメラのピントが合っている部分だけを抽出し、機械のXYZの座標を盛り込み、製品をスキャンする技術です。カメラしか使用しないため生産コストが安く手軽に3Dスキャンをすることができました。

商品開発はもっとシンプルです。私は従来のPDCAサイクルは間違っていると思っています。私が行なっていることはDCAPサイクルです。まずは「Do」から。知識がなくても、どのような結果になっても、まずは「行動」してみる。プランに時間をかけていたら時間とお金ばかりが無くなっていきます。「行動」にもコストはかかりますが「結果」が自ずと発生するため、サイクルが自然と回り出します。もちろん最初から良いものはできません。しかしこの経験はプランよりもずっと価値があると考えています。プランや顧客のことは一旦考えずに、私が必要だと感じた直感を信じていきなり「Do」へと進みます。そこからより良いものが作れれば、製品化すべきかどうかを検討します。これが容易にできるようになったのはインターネット通販、3Dプリンター、などといったテクノロジーの発展が大きいと思っています。

これまで企画・開発した製品の中で、最も誇りに思うプロジェクトや製品は何ですか。どんな点にやりがいや面白さを感じましたか。

PCTでは自作のバックパックCREST40を使用しました。40Lでロングトレイルでは一般的な容量のバックパックです。PCTはジャングルや砂漠から、4,000mを超える山岳地帯まで、様々な環境下で歩くことが求められます。目まぐるしく変わる環境に装備や食料、水が必要となります。そのため、商品はより幅が利く製品にしなくてはなりません。生地やベルトなど様々な材料を工場と連携をして独自設計しました。CREST40はシンプルな見た目ながら、全周にはデイジーチェーンがあり、ハイカー自身でカスタマイズが容易にできます。さらに、バックパックのパターンは3D CADを多用し、シンプルでありながらも立体的な裁断で体に気持ち良くフィットします。スポンジも硬さから厚みまで無数の数をテストして選びました。

現在は29作目のデザインとなります。超軽量なカーボンフレームも入っており、これはCAE解析と実地での破壊テストを繰り返して行き着いた形です。フレームとパターンのフィット感はお客様から好評をいただいており、ロングトレイルから日本の険しい山岳でお使いいただいています。このバックパックの開発には私が持っている知識と経験を全て盛り込みました。自信を持って紹介したいフラッグシップモデルです。

現在取り組んでいるプロジェクトや、将来的に挑戦してみたいドリームプロジェクトはありますか。

宮源酒店の真横は和菓子屋さんなのですが、そこと一緒にトレイル羊羹を共同開発しています。胡桃を限界まで押し込み、羊羹を流しこんでいます。味付けに岩塩を入れ、高タンパク・高脂質・高カロリーなハイキング用の保存食を開発中です。さらに、老舗の和菓子屋さんとして食感や味にもこだわり、食べ続けても飽きない食べ応えを追求しています。同じ町内でこのような活動ができることがとても嬉しいですし、良いものができると信じています。

発売中のCREST40は、CAE解析を盛り込んだフレーム設計をしており、さらなる改善を予定しています。また、より小型のCREST30も開発中です。

将来的には、トレイルやトレイル施設を作りたいです。より多くの人に、誰にでも楽しんでもらえるようなトレイルを夢見ています。かつて国立公園の父でもあるジョン・ミューアは「自然を守るためには自然の美しさを知る必要がある」と言いました。自然保護活動のために、自然の美しさを多くの人に知ってもらえるように、MIYAGENは活動していきます。

正紀さん、素敵なお話を共有いただき、ありがとうございました。エンジニアリングの確かな知識と厳しい現実世界でのフィールドテストを繰り返すことで生まれるアウトドアギア。使い手の冒険に真に寄り添うパートナーになること間違いないですね。

MIYAGEN Trail Engineeringの商品は、海外にも発送可能なオンラインサイトからお求めいただけます。また、商品や最新情報は、正紀さん(@miyachi0730)およびMIYAGEN Trail Engineering(@miyagen_corp)のアカウントをチェックしてみてください。

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